今年もアナログな雑誌とオートバイライフが豊かになるバッグを作っていきますよ!!


年末〜年始にかけての発送となってしまいましたが、タンクバッグ再販&リニューアルの第一ロット、みなさまの元へ届いているようです。

第二ロットの生産は2〜3月頃でしょうか。その前に来週にはまず帆布ver.がお披露目予定です。サイドホール仕様(for YAMAHA SR)もありますのでお楽しみに。
写真はお客さんが送ってくれました! カワサキKZ900 LTDへ“白パイピング”を装着。タンクバッグブログでも書きましたが、タンクカラーとパイピングカラーは合わせても合わせなくてもいい感じですね。
では、今年もアナログな雑誌とオートバイライフが豊かになるバッグを作っていきますのでよろしくお願いいたします。

StreamlineーTHE TANKBAG (合皮タイプ)——詳細 

昨年、高齢による職人さんの引退で約一年再生産できなかったタンクバッグ。二輪での使用に求められる耐久性や日常的に使える気軽さ、ツーリング時にも頼もしい容量の確保、そしてなによりオートバイのフォルムを崩さない“流線型”デザイン……こうした複雑な要求をカタチにしてくれる職人さんになかなか出会えず時間がかかってしまいました。

レインカバー×2種(大小)、脱落防止ベルトを付属したニュータンクバッグ。


Streamline—THE TANKBAG。

最大の特徴は、装着時に大げさにならない前後にスラントした“流線型”フォルム。荷室拡大時でも見事に流れるフォルムを維持しています。前後左右ドコから見てもどの部分も角張らないこの“丸み”こそ、前モデルから追求してきたクラシック・モーターサイクルとも共通する「ヒトの手で作られた“温かみ”」。じつはストバイ・タンクバッグが旧車をはじめスタンダードなオートバイに似合う最大の理由は、ひとりの職人さんが手作業で行なうことで実現したこの流線型(Streamline)フォルムにあります。


装着時に大げさにならず、日常使いからツーリングでも使える容量……相反するニーズを満たすために、デザインや装着&容量確保の方法にこだわりました。中型以上のオートバイであれば、オートバイのフォルムを崩すことなく、大き過ぎず小さ過ぎない抜群の使い心地をご満足いただけると思います。

〈サイズ〉
■通常時:縦325/横190/高さ130mm=容量:約8L

■荷室拡大時: 縦325/横190/高さ210mm=容量:約13L
■荷室延長幅:80mm=容量:約5L

 


前後の長さは従来のLサイズとLLサイズの中間である325mm。横幅は従来どおりの190mm。バッグ下部のファスナーを開き拡大する荷室の拡大幅は8cmと従来より大幅に容量UPしました。通常時も拡大時も引き手は本体とスナップボタンで留める構造のためタンクを傷つける心配はありません。


Wファスナーを採用することで、丸みのあるフォルムはそのままにガバッと開閉が可能。乗車したままで荷物を取り出すとき、またバッグの隅に入り込んだ荷物の出し入れも容易です。また適度なハリと防水&耐久性に優れた裏地にはバーガンディカラーを採用。夜間での視認性向上ととも高級感も演出。

 



荷室拡大幅を増大させたことで、最大拡大時にこれまで以上に“高さ”がでました。高速走行時等、強い走行風が想定される場合を考慮し、ステアリング部とバッグをつなぐ脱落防止ベルトも付属。基本的にバッグ通常時、また常識的な速度での走行であればマグネットによる装着だけで問題はありませんが、荷室拡大時やレインカバー装着時(レインカバー内に若干風が入り込む)、強い走行風が想定される場合にはショルダーベルトによる車体との固定をオススメします。また付属ベルトのバックルやナスカンはオートバイを傷つけないよう樹脂製を採用しています。



流線型フォルムにぴったりフィットするレインカバーは通常時/荷室拡大時用の2サイズ付属。下部をドローコードで絞る仕様のため脱着も容易です。装着時、留め具はレインカバー内へ潜り込ませるとタンクを傷つける心配はありません。


じつはツーリング等でもっとも使用する状態は、荷室1.5倍ほどの状態だったりします。そうした場合には“通常時のレインカバーの使用”がおすすめ。理由は、レインカバーの“たるみ”が走行風を巻き込みバッグ脱落を誘発するためです。バッグ本体の合皮素材はある程度の防水性があるため、上部をレインカバーで覆えばそれなりの防水性を発揮しますからね。


第一弾の合皮シリーズはスタンダードなALL BLACKに加え、ノスタルジーも感じさせる赤と白のパイピング仕様もご用意。オートバイのフォルムに馴染み、主張し過ぎないことがウリのタンクバッグですが、カラーパイピングはいいアクセントになってくれます。車体色と合わせてもヨシ、まるで違う車体色に合わせても意外とイケるんです。


装着方法はバッグ底面に配した強力マグネットによるワンタッチ。バッグ底面にはタンクキャップによる“バッグの浮き”を防止するためのタンクキャップを“逃げる長孔”を設けています。タンクキャップが中央に付く“センターホール”仕様ですが、タンクキャップが飛び出していないモデルでも装着方法は共通のため使用可能。※マグネットの磁力は非常に強力ですが、容量増大時や高速走行時等、強い走行風が想定されるときには付属のベルトでバッグ先端のDカンとステアリング等を繋ぎご使用ください。また、マグネットは脱着可能なため、一度マグネットを取り外すと、底面についた砂鉄等を容易に落とせます。

■Streamline—THE TANKBAG
レインカバー付き/センターホール(汎用)

MATERIAL:合成皮革、マグネット4個付き。専用レインカバー×2 付属。
COLOR:ブラック
SIZE:縦325 × 横190 × 高さ130~210(mm)
容量:8〜13L

装着写真は随時、bag galleryにUPしていきますので、そちらもご覧ください。

■“サイドホール仕様” for YAMAHA SRモデルは、第2ロットより生産いたします。こちらをご希望の方はもうしばらくお待ちください。

[カワサキZ 50周年祭] 2022-11-19&20 @ 西明石&加西, 兵庫


EVENT REPORT
〈カワサキZ 50周年祭〉
〜明石から世界へ、Zの偉大なる足跡と未来〜

2022.11.19 & 20 @ 西明石&河西, 兵庫


Z1開発の当事者とファンが交流した、
カワサキZの誕生50年を祝う名車の宴。

去る11月下旬にカワサキの本拠地・兵庫にておこなわれた〈カワサキZ50周年祭〉。1972年に登場したZ1の50周年を、Z1の開発に携わった当時の関係者の方々と多くのファンが皆でお祝いした2日間。1日目はカワサキのお膝元、西明石のホテルで、2日目はカワサキ(川崎航空機)の歴史を振り返る上で切っても切れない存在……な、第二次大戦時の戦闘機が展示されている加西市のうずらの飛行場跡で、じっくりゆっくり開発者の方々とZオーナーが交流し当時を振り返った、オーナーやファンにとっては夢のようなお祭りでした。


パーティがスタートする1時間ほど前に会場があるホテルに到着すると、Z1/Z2のフルオリジナルから側車付きやJ系&ローソンレプリカまで……すでに全国から多くのZ乗りが集まってきていました。この日は特別にホテル駐車場の屋上を貸し切り、さらに大型のクルマで屋上までの入り口を塞ぐという念入りな防犯対策も講じていました。というわけで遠方からの宿泊組も安心してパーティを楽しみます。


ズラッと並ぶ貴重なZシリーズ。中には欧州の一部地域で採用されていたロングフェンダー & なかなかお目にかかれない!? イタリアで採用されていた通称“袴テール”を装着したZ1もお目見え。



2012年の生誕40周年のときにもおこなわれたこのイベントは、関西を拠点に活動している〈Z1ファンクラブ〉が中心となり開催。〈Z1ファンクラブ〉とは……Zシリーズを通じて大人のオートバイライフの構築を目的に作られたクラブで、どうして関西が拠点かといえば、Z1の開発に携わった多くのカワサキOBの方々が中心となって結成されたから。クラブについて詳細は→こちらをチェック。

日本では“不良なバイク”の代名詞としても知られるカワサキZシリーズですが、〈Z1ファンクラブ〉は、そうしたいわゆる“男カワサキ”なクラブやミーティングはすでに全国に存在しているため、日本が生んだ名車、そして工業製品としても優れた“Zシリーズそのもの”をもっとオトナの感覚で愛でるクラブがあってもいいのではないか!? と、誕生したといいます。そう、コンセプトは男カワサキではなく、“大人カワサキ”。

まぁカンタンに言えば、「息子や娘に見られても恥ずかしくない“オトナのZ乗り”の集まりですよ(笑)」とは、ファンクラブ事務局を切り盛りする登山さん談。

アメリカでのテスト走行の際、CB750風のカラーリングでカモフラージュしたというのは有名なハナシ。

さて、ひとしきりお酒を飲み食事を楽しんだら、プロジェクターにて映し出された当時の貴重な写真を見ながらトークショーがはじまります。

[左]Z1開発ではテストライダーを務め、その後ワークスライダーとしても活躍したキヨさんの愛称でも知られる清原明彦さん。[中]GPZ900R等のエンジン設計を担当し近年ではH2Rの開発も主導した山田浩平さん。[右]Z1の開発総指揮を務め、その後純国産ガスタービンを開発し川崎重工の主力産業に育て上げた大槻幸雄さん。

[左]Z1のエンジン設計を担当した稲村曉一さん。[右]限界まで追い込むサーキットテストから、過酷な現地アメリカでのテスト走行まで、清原氏ととも“常にユーザー目線を忘れず”にZ1の開発に従事したテストライダーの山本信行さん。

1957年に川崎航空機工業に入社以来、マーケティング、経営、レース、広告宣伝、販売網対策等、つねに市場と直接関わり合いながら日本だけではなくアメリカでも経営総括等を担当してきた古谷錬太郎さん。

Z1開発におけるストーリーは数々の書籍でも読むことができますが、50年前のことを思い返しながら登壇した方々がツッコミ合う“当時の真実”!? は非常に興味深い内容ばかり。自分が乗っているオートバイについての“今まで聞いたことがないハナシ”が直接開発者の方々から聞ける……関西という土地柄や人間性もあるのでしょうか!? こんなイベントはカワサキ、そしてZならではのように思います。いやぁホントびっくりの連続!!

今年で89歳になる(めちゃくちゃ元気!!)古谷さんは、従事してきた職柄的に「僕が一番ウラ話を知ってる(笑)」と仰りながら、周りの方々に「あの時、本当は何があったんだ?」なんて無茶ぶり!? までしてくれるもんだから、2日間にわたってココでは書けない(本にも載っていない)話をたくさん聞くことができました(笑)


トークショーの後は一般の参加者と開発の方々が交流できる時間も設けられ、50年目の“カワサキZ愛”に満ちたパーティはあっという間に終了。しかしながら、通常関係者だけで行われることが多いこうした会に、Zオーナーやユーザーが参加できるってホントにすごいことですね。


翌日は明石から小1時間ほど走った、加西市にある〈うずらの飛行場跡地〉にてミーティングがおこなわれました。


前泊組、そして近郊からの当日組が続々とやってきます。



Z1開発総指揮を担当した大槻さんをはじめ、’60年代以降のカワサキのオートバイの開発に携わった技術者の多くは、航空機の開発を夢見て1950年代に川崎航空機に入社した方々ばかり。敗戦国として航空機の開発を断念せざるを得なかったことは有名なハナシですが、Z1誕生までのカワサキの歴史を振り返るときにやはり航空機や戦闘機は切っても切れません。

というわけで、2日目は加西市にあるうずらの飛行場跡にある〈soraかさい〉にてミーティングがおこなわれました。ココには第二次大戦末期に川西航空機が局地戦闘機として開発した[紫電改]と、パイロット養成のための練習機[九七式艦上攻撃機]の実物大模型が展示されています。

ちょっと驚いたのは外に展示してあったこの転圧ローラー。滑走路の地盤を固める整地用のローラーだそうですが、説明看板には両端に付けたロープを体に巻き転圧ローラーを引いている写真の説明に「旧制姫路高等学校生徒の勤労動員作業」と書かれています。学生にどんだけ重たいモノを引っ張らせてんだよ、と思うとともに、このうずらの飛行場から何人もの若者が特攻隊として出撃し63人が戦死したなんて事実を聞くと、あらためて戦争に行くのは戦争を決めた政治家が行けばいいと思ってしまいますね。


話を〈カワサキZ50周年祭〉に戻します。
2日目もファンには贅沢なとっておきの秘蔵!? トークショーが繰り広げられたワケですが、驚いたのは、「ようこそ加西市へ」と歓迎の挨拶をされた元加西市副市長の佐伯武彦さん[写真左]が、なんと1961年に川崎航空機工業に入社し、二輪事業部では’70年代中盤に稼働をスタートさせた日本メーカー初(4輪2輪通じて)の現地工場、アメリカ・リンカーン工場も担当、その後川崎重工業の副社長まで務めた、黎明期のカワサキ・オートバイを支えてきたヒトだったこと。


初日のかしこまったパーティ会場とは正反対の屋外だからか、ホテルでのトークショー以上に話題がハジけていた!? 皆さんのご挨拶。なかでも面白かったのは、1960年代前半のカワサキ二輪事業撤退を救った“青野ケ原モトクロス大会での赤タンク旋風”にまつわるウラ話。

 


目黒製作所と業務提携した1960年代前半、じつは第三者機関に事業撤退か否かの調査を依頼するほど業績が落ち込んでいたカワサキの二輪事業。その危機を救ったのが、“赤タンク旋風”で知られる地元・兵庫県青野ケ原でおこなわれた第一回モトクロス大会(1963)にてカワサキB8Mが1〜6位まで表彰台を独占したことでした。その吉報に二輪事業部の士気は一気に高まり事業存続も決定、そしてその後のA1、マッハシリーズ、Z1とカワサキオートバイの躍進が続いたワケですが……青野ケ原のモトクロスレースでライダーを務めた山本隆さん[写真]に言わせると……「僕らのマシンはほぼ実用車のB8、ヤマハやスズキはライダーもマシンも一流。フツーに走ってるだけでは到底勝てません(笑) 天気にも助けられましたが、アレはじつは……」と、これまたある意味歴史をひっくり返すような!? 大笑いしてしまったびっくり真実が飛び出し大盛り上がり。時代なのか関西的なのか……!? 残念ながら詳細はココでは書けませんが、こうしたイベントに参加したヒトだけが聞けるご褒美のようなハナシはこれでもか、と続きました(笑) 今後お会いした方には口頭でお伝えします。

1963 B8M (写真提供:カワサキモータース ジャパン)

 
soraかさいでは戦闘機を眺め防空壕を見学、さらにお昼ご飯を食べながらのトークショーもありで、初日以上に皆さんゆっくりカワサキZな時間を過ごしていました。


しかしながら、登場から50年も経っているにもかかわらず、メーカーの開発者も巻きこんだイベントが開催されるオートバイなんて他にあるでしょうか!?

Z1が時代を変えた、CB750よりも優れていた、今も世界中にファンがいる……等々、カワサキZの名声はたくさんありますが、どうやらその答えは、作ったヒトたちが「今もZ1が好き」ということに尽きるように思います。エンジンの開発技師からデザイナーにテストライダー、そして広報やマーケティングに携わったヒトまで、話を聞いているともう全員がカワサキZの職人。こうしたことこそがカワサキZ1の奇跡であり、いまもこうしたイベントがおこなわれる所以なのかもしれません。そして参加したカワサキZオーナーにとっては、そんなことを実感できるのがなにより嬉しい2日間なのでした。

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